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上田交通と長野新幹線と横川駅周辺【1997年10月】
2005年 11月 02日
1997年10月のおたく旅の記録です
長野の宿で目覚め、本日は上田交通と長野新幹線に初乗りすることにする。 新幹線で到着した上田駅は、駅前再開発の工事中。上田交通も高架工事が行われていた。途中の下之郷駅横の車両区に、だいぶ痛んだ丸窓電車1両が留置されていた。また「青がえる」によく似たステンレス車両もいた。こちらも相当痛んでいるようだったので、運用にはついていないと思われた。八木沢駅から勾配が急になり、別所温泉終点着。丸窓電車(ミニ博物館)とその横の喫茶店ともに残念ながら今年の9月30日でclosed。喫茶店のほうに「信越線の廃止とともに閉鎖します」という旨の張り紙があった。中には入れないが、近くから丸窓電車を見ることは可能。今となっては「古くさい」と表現されるようになった塗り分けが美しい。もちろん丸窓も。南海の丸窓電車は元気なのだが、、、。しかしこの電車、外観も相当痛んでいる。9月30日に閉鎖されてからの半月で痛んだのか、もとから痛んでいたのかは不明である。上田駅で入手したパンフレット「上田交通別所線のご案内」(おそらく平成8年秋頃発行)に載っているこの電車の写真は、もっと綺麗なのだが(修正?)。なお、別所温泉駅構内にある丸窓電車(ミニ博物館)の案内看板は撤去されていなかった。駅から坂を上り公衆浴場の「大湯」を目指す。日本旅館の美しい庭や紅葉しかけた木々を見ながら10分くらい歩き、大湯着。自販機で100円の入湯券を購入し浴室へ。決して広くないところだが、露天風呂(といっても高い垣で囲まれている)もあり、気分は上々。堪能して、駅に戻り上田へ。 JR最後の未乗線である長野新幹線に乗る(実は今朝長野~上田は乗車済み)。次の目的地は高崎であるが、上田・高崎両方に停車する「あさま」が暫くなかったので、いったん長野まで戻る。上田・長野間1駅新幹線利用者も(私の乗ったときは)30人ほどいた。長野から乗った「あさま548 号」は、高崎までノンストップである。やっぱり速い。上田を通過し、あれよあれよと思っているうちに左手に軽井沢の別荘地が広がってきた。このあたり新幹線は高架ではなく地べたを走行する。通過線のない軽井沢駅を減速して通過する。新幹線から見た旧信越線の軽井沢駅横川よりは、線路は残っているものの架線ははずされていた。安中榛名は一瞬で通過。よく解らなかったが、新岩国よりなにもない駅であったような感じがする。高崎着。これで2年ぶりにJR完乗のタイトルを取り戻した。 ここまで来ると、やはり横川駅が気になるので、行ってみることにした。急行型電車165系を改造した107系は、100km/h位で快調に走る。沿線には「撮り鉄」の人が大勢いる。「なにか変わった車両でも走るのかな」と思っていると、青ガマと茶ガマにpush-pullされたジョイフルトレインが高崎に向けて走っていった。 終点横川着。ホームの先端や軽井沢よりの構内踏切から峠方向を見る。線路は全部残っているが、その上に乗っているべき電気機関車はいない。がらんとした空間が広がっている。信号につけられた「×」が、もう列車が走らないことを語っている。私は、横軽は1往復くらいしかしたことがなく、特別な思い出もない。それでも、この区間はおそらく2度と列車が走らないであろうと考えると、やはり寂しい。暫くの間、線路を眺めていた。 気を取り直して、駅前の「おぎのや」さんへ。釜飯を食べる。食べているうちに、数人連れの「撮り鉄」の方々が入ってきた。「おぎのや」さんの従業員の方と顔馴染みのようであった。もう一度構内踏切を渡り、国道沿いの「おぎのや」ドライブインを偵察する。観光バスの客で大繁盛。ほんのすぐそばの寂しい空間と対照的であった。
by teteg
| 2005-11-02 10:46
| 鉄道おたく旅
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